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バレ落書

バレ落書

前の高荷義之先生個展の日記の続きです。

11月のトークイベントにも行ってきました!
ノートに落書きしてたら、高荷先生がトークショー準備で横にいてビックリ!
背中にイヤな汗かきました(^^;

そのときの下絵。
サーバイン

よく考えたら、サーバイン(OVA版ダンバイン)は出渕先生のデザインであって、高荷先生ではないですよね(^^;

今週土曜は、高荷先生個展で二回目のトークショーですね!
行かれる方は楽しんできてください。


以下は、一回目のトークショーで話されたことの覚え書き。
(会場は録音禁止だったので、個人的印象によるもの&正確な発言ではないです)。

高荷先生話01:イマイの零戦52型が最初の仕事でした。
イマイの哲学として“爆弾は落とせる”“プロペラはまわる”、すなわち“プラモは遊べなきゃダメ”というものだったので、お子さんたちは喜んでましたね

高荷先生話02:仕事を始めた頃は、どこも町工場みたいなところが多くて、模型メーカーは絵描きを探すツテが無いところが多かった。
その中でも、静岡では、映画の看板描きをされていた上田毅八郎さん、戦争で右手に機銃の弾を受けて左手だけで描かれる方だったんですが、飛行艇や軍艦が得意な方が描かれてました。

高荷先生話03:週刊少年誌に模型メーカーは広告を出していたので、少年サンデーや少年マガジンのルートから、戦記モノのイラストを描いていた私に“戦艦を描ける人”と勘違いして(笑)、私に依頼が来た。

高荷先生話04:パットン戦車を最初に描いたとき、勇ましい構図にしなかったのは、勇ましい構図が得意な小松崎茂先生と差別化するため。
戦車を描くときは、人に教える場合は“足まわりから描くべし”など基本に沿って教えるけれども、自分で描くときは、砲塔を目立たせたいときは砲塔から、人の印象的なポーズを際立たせたいときは人から、など、描きたいところから描きます。

高荷先生話05:昭和47年に出した最初の画集が記録的に売れなくて、ガッカリしていたけれども、そこで徳間の“テレビランド”の編集をされていた市川英子さんが依頼をされて、“ザブングル”“ダンバイン”“コンポボーイ”等、ロボットアニメ関係のイラストを描くようになった。
最終的に画集にすることを前提に、イラストを書き下ろしていた。

高荷先生話06:ロボットアニメのイラストを描くようになった頃から、どちらが善玉でどちらが悪玉か分かりにくいアニメが増えてきた(富野アニメが多かったから?)。
出渕(裕)さんが詳細なラフで指示をくれるので、分かりやすくて大変助かった。
チャンバラが好きなので、大砲で撃ち合うものより刃物で斬り合うほうがロマンがあって、分かる(理解できる)ものだった(ダンバインなどに対して)。

その他、高荷先生は宮崎駿さんとの対談についてなども語られてました。
エーダイの秘密基地シリーズのお話も面白かったですね。


あと先日、生頼範義先生の画集「生頼範義 緑色の宇宙」が出たんですが、巻末の開田裕治先生たちのトークショーイベントの記事で、高荷先生の名前が何度か挙がっていて、これも興味深かったです。


今週土曜(12/6)のトークショーも、行かれる方は楽しんできてください!


■コミケ受かりました〜
12/30(火) 東地区 "W" ブロック 14b サークルPRIDE-0
[ 2014/12/03 22:30 ] 育児 | TB(0) | CM(0)

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